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教育と人間関係の相談室カンナのつぶやき

人の「エネルギー」について。

2015-05-15

 かつて、ひきこもり状態の人などに「エネルギーが切れた状態だから、十分に充電できるまで待ちましょう」という態度が大切とされてきました。一方で、何かに関心をもって動き出すきっかけと出会うことが大切と、社会と関わる仕組みづくりが大切ともされています。
 関わる人たちにはどちらの視点も大切で、経過や状態、「充電」度合いは人それぞれ、実際に動き出されるには、運とタイミングのマッチングによるところが大きい、きっかけと出会うためには、具体的な社会参加だけでなく、マスコミやネット情報へのアクセスも重要な接点となる、といろんな方々の「動き出し」を関わる中で思うようになりました。
 そして、「動き出し」を支えるエネルギーについて、この度、このエネルギーはハイブリッドタイプなんだろうなぁという仮説に至ったわけです。
 従来の「充電されるまで待ちましょう」レベルは表面的で、充電池によってモーターで回している、みたいなもの。興味・関心、意欲、評価、役割付与、自己肯定…などの認知機能を社会適応的に動かせるもの。但し、戦後の競争(管理)教育の中で育った人たちが、それを程良く維持し続けることはとても難しい社会。一度意欲低下が生じると、個人や家族で支えきれない、脆い力だろうと。
 不登校やひきこもり状態の中で、表面的な充電池が何によってどう「充電」されるのか、得心のいく解釈ができません。
 それでも、何かのきっかけで再び「動き出す」ので、その際に活躍するエネルギーがあるはず。それが車で言えば内燃機関を動かす化石燃料、人で言えば脳機能や身体機能そのものじゃないだろうか。こちらは、一見何も動かず考えずにいるように見えて、実は内面で様々な情報や思いが蓄積されていっているわけで、食事・睡眠・適度な運動をとっていれば機能を維持しつつ蓄積できるものだろうと。なので、否定や非難的な突っ込みは邪魔をしているようなものとなる。
 とはいえ、自問自答や要らぬ突っ込みダメージなどを受ける中でこの化石燃料も尽きていくこともあるが、その状態を維持する非常用電源がもう一つある。それは、筋肉や肝臓など、生命体としての人を極限で支える最終エネルギー。このレベルになると医療の臨床のお世話になるのですが。
 しんどくて、動けない状態にあっても、表面的には見えないところで、「動き出す」ためのエネルギーは蓄え整えられるもので、そのために不可欠なものは、安心・安全、周囲からの理解、それらのつながり、そして必用で適度な情報の行き来なんじゃなかろうか、としみじみ思うところです。
 要は、化石燃料によって動く部分をしっかりと機能させつつ、再びの蓄電→駆動につなぐきっかけを社会の仕組みとして作れるか否か。蓄電→駆動が始まれば、少々の困難は化石燃料による内燃機関が「底力」で支えてくれる。
 不登校・ひきこもり状態に限らず、落ち込み、挫折、喪失体験、精神症状や老化などによる諸機能低下に向き合う際に、「中から温める」という視点が大切、という話しとして。

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